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2016.11.08 平和の光
沖縄の那覇空港には3日の夕方に到着。
まっすぐに向かった場所は、
糸満市摩文仁にある「平和祈念公園」でした。

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平和の火の前に行くと、
そこにはちょうど夕焼けがありました。
本当の火が灯されているように見えました。

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「平和の礎」には、国籍や県内外の軍人と民間人など、
沖縄戦の全戦没者全ての方の名前が刻まれています。
その数、なんと24万人。

戸籍などの資料も失い、
子どもの名前がわからない人もいるようで、
「〇〇の子」と表示されています。

もし、名前が不明で刻まれなければ、
その子はこの世に存在しなかったことになるとの思いから、
配慮して下さったようです。

沖縄入りしたその日の夜、
妻をひとりホテルに残し・・・
僕はどうしても行きたかった次の場所に向かいました。

「普天間飛行場」です。

すでに22時を過ぎていましたが、
レンタカーを走らせました。
30分ほどで目的地の「大山ゲート」前に無事到着です。

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ここから上に少し進むと、
大きなゲートがありました。
ところが、意外にもゲートが開いていたのです。
そのまま進むと、今度は検問所が現れました。

検問所の入口まで進んだのですが、
すぐに米兵と自衛隊たちに囲まれました。
背中に背負っていたのは、ライフル銃のようでした。

「通行証を持っているか?」と聞かれ、
「いや、持ってません」
「すぐにこの場から出て行きなさい」と言われました。

「札幌から来た観光客で、写真だけ撮らせてほしい」と頼みましたが、
「無理無理、すぐにUターンして出て行きなさい」と、
強引に出されました。

そして下にあった大きなゲートまで戻った僕は、
ここなら大丈夫だろうと思い車を降りました。
検問所を見ると、米兵がこちらをじっと見ています。
でも僕は、必死にシャッターを切っていました。

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もちろん、普天間飛行場に入れないことくらいは知っています。
でも、できるだけ近いところまで行き、
そこの場所を感じて見たかったのです。

世界一、危険な飛行場と言われるだけあり、
普通の自衛隊の施設とは違う、ピリピリとした雰囲気でした。

沖縄戦を終え、沖縄は米国の占領下になりました。
返還されるまでに、実に27年間です。
この間に、沖縄は米軍基地の島になってしまいました。
それを引きずる中で、今のこの普天間も存在します。

確かに、戦後はアメリカ軍の援護もあり、
防衛という意味では、
それなりに意味があったことなのかもしれません。

今の日本の平和は、小さな小さな沖縄の中にある大きなこの施設に、
どれだけ守られていたことでしょう。
アメリカの核の傘の下、平和を維持してきたのかもしれません。

普天間の危険除去を目的に、
政府は沖縄県辺野古に新たな米軍基地を作ろうとしています。
僕は今回、辺野古の海も見たいと思っていましたが、
色々な予定もあり、結局は行けませんでした。

でも、行かなくても、
その場所がどんな場所なのか、
沖縄本土をレンタカーで走り回り十分に理解しました。

はっきり言えることは・・・
普天間の負担を減らしても、
新たな基地は、絶対に必要ないということです。

サンゴ礁に囲まれたコバルトブルーの海。
この綺麗な海に、人工物は必要ありません。
これ以上、人間が自然に手を加えることは決してしてはなりません。
しかも、軍の基地だなんてありえません。

私たち日本は、
アメリカの核の傘に隠れるのではなく・・・
平和という光を、
堂々と、
勇気と夢と希望を持って、
世界に放てば良いのです。


tani



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