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先週の木曜日から、プライベートで沖縄に行ってきました。
日中は30度くらいにもなり、夜も半袖で歩けるくらいの暑さで、
日本の広さを実感です。

70年前、この地に悲劇がありました。
今回沖縄を訪れた目的のひとつは、
先の沖縄戦で亡くなられた全ての人に、
哀悼の意を表したかったのです。

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沖縄陸軍病院第三外科壕、通称「ひめゆりの塔」です。
たくさんの修学旅行生や観光客で賑わっていました。

沖縄戦の悲惨さは、人間が人間でなくなるような、
正に、地獄の戦争でした。
沖縄戦は、日本で唯一の地上戦が行われた場所でもあります。

そしてもうひとつ、
他の戦争と大きく違うところがあります。
それは当時の日本軍と米兵のみならず、
住民をも巻き込んだ総力戦だったのです。
県民の4人に1人が、亡くなりました。

本土決戦を少しでも有利にするために、
日本軍の戦力を回復させるために、
沖縄戦では時間稼ぎを強いられての地上戦になりました。

その悲劇の代表的なのが「ひめゆり学徒隊」で、
戦跡をたどる大切な場所になっています。

当時のひめゆり学徒隊は、
今でいう中学生から高校生くらい。
僕の娘と同年代です。
こんなに幼い子たちが、
あまりに酷い状況で命を失っていったのです。

第三外科壕が「ひめゆりの塔」のある場所ですが、
実は、すぐ近くにもうひとつの壕があります。
あまり知られていませんが、「第一外科壕」です。
ここにも、「ひめゆり学徒隊」が逃げ込んでいたのです。

このことは、事前に本で読んで知っていました。
せっかく沖縄に行くのなら、
この場所にも献花したいと強く思ったのです。

道端に「第一外科壕入口」という小さな石碑があるのですが、
「ひめゆりの塔」とはあまりに違い、
意識して探さないと見落とすくらいにひっそりと印がありました。

ひめゆりの塔から徒歩で10分くらい歩くと、その石碑があります。
そこからさらに狭い道を少し進むと・・
「第一外科壕」がありました。
そこには、誰もいません。
多分、地元の人しか知らない場所なのかもしれません。
数日前の花が、置いてありました。

僕ひとり、静かに献花。
手を合わせてきました。

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中は真っ暗で、とても入れる感じではありません。
この場所だけは・・・
冷たい空気を感じます。

第三外科壕と同様に、
ここでもたくさんの方々が尊い命を失いました。

「決して、忘れません・・」
そう心で語りかけると、自然に涙が出ました。

この惨劇を、私たちは決して忘れてはなりません。
過去の遠いい話ではなく、
つい、70年前に経験した出来事なのです。

私たちはこのことを心に深く刻み込み、
命の尊さと世界の平和を・・・
心に誓わなければ、いけないのです。


tani

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